私は町に着くと、まず地形を見る。山がどう迫っているか。水がどう流れているか。田畑がどう段々になっているか。そうした地形の骨組みを眺めていると、その土地で何が育つのか、何が作られてきたのかが自ずと見えてくる。
ふるさと納税の返礼品を選ぶとき、私は「なぜこの町でこれなのか」という問いから始める。扇状地の裾野に広がる果樹園。急傾斜地に刻まれた棚田。潮目が寄せる漁場。そうした地形と気候の必然が生んだ一品を、私は返礼品として見つめたい。
建築や町並みも同じだ。石垣の積み方、屋根の勾配、水路の引き方——すべては地形への応答だ。人間が地形に逆らわず、むしろ読み込んで営んできた痕跡が、町の表情になっている。その町で作られた米や果実、醸された酒は、そうした風景の産物だと考える。
私の仕事は、返礼品を商品として並べることではない。むしろ、その返礼品が生まれた風景——地形、気候、人の手の入り方——を言葉で描き、受け取る人がその風景を想像できるようにすることだ。棚田の米を食べるとき、その段々の斜面を思い浮かべてもらいたい。果樹園の梨を口にするとき、扇状地の水はけの良さを感じてもらいたい。
私は序列をつけない。どの町も、どの返礼品も、その地形と営みの中では必然であり、等しく尊い。ただ、その必然性をどう言葉にするか。その風景をどう伝えるか。そこに私の仕事がある。
町を歩き、地形を読み、人の営みを観察する。その静かな営為の中から、返礼品の本当の姿が浮かび上がる。そう信じて、私は編集を続けている。