潮目の町、浜坂
兵庫県の北西端。日本海に面した新温泉町の浜坂地区に着くと、まず海の色が違う。山陰海岸国立公園に指定された海岸線は、但馬御火浦の洞門群が刻む断崖絶壁。冬、この沖合の潮目に集まるのがホタルイカだ。深海から浅い湾へ産卵のため上ってくる習性。その営みが、この町の冬の漁業を支えている。
浜坂漁港は小さい。だが季節になると、この港から出た漁船が引き上げるホタルイカは、全国でも指折りの品質として知られている。なぜか。潮目の鮮度、そして漁師たちの手際の速さ。獲ったその日のうちに処理される。
冬の食卓へ
プロトン凍結のホタルイカは、その鮮度を急速冷凍で閉じ込めたもの。120グラムずつ五パック。解凍すれば、塩辛い海の香りが立ち上る。酢味噌で和えるのが定番だが、素焼きにしても、唐揚げにしても、その身の甘さが引き立つ。冬の晩酌の肴として、あるいは春先の食卓に、季節を思い出させる一品になる。

同じ浜坂の海から、別の恵みも届く。釜揚げのホタルイカは、職人の手で塩茹でされたもの。こちらはそのまま食べられる。冷酒の傍らに、あるいは白いご飯の上に。二つの調理法を選べば、冬から春へ、季節の移ろいの中でホタルイカを味わい尽くせる。

温泉と山、そして海
新温泉町は、海だけの町ではない。南に目を向ければ、氷ノ山後山那岐山国定公園の山々が連なり、その麓に湯村温泉がある。『夢千代日記』で知られた温泉地だ。佳泉郷井づつやの宿泊券は、その温泉地の旅館。自家源泉を持ち、地元食材を用いた食事が付く。冬、ホタルイカを食べた夜、翌日は山へ向かい温泉に浸かる。そうした旅の流れが、この町では自然に成り立つ。

海岸の洞門を巡る遊覧船、山間の渓谷、そして温泉。新温泉町の風景は、日本海側気候の豪雪地帯ならではの、濃密な自然と人の営みの重なりを見せている。ホタルイカはその象徴だ。深海から浅瀬へ、季節ごとに繰り返される営みが、この町の冬を彩る。
