筑後川の水が、酒になるまで
大刀洗という町名の由来は、南北朝時代の武将・菊池武光が小川を渉ったとき、太刀を洗ったことに遡るという。その川の名は「太刀洗川」となり、やがて地名となった。今、その筑後川流域の平坦な土地で、酒が仕込まれている。
私がこの町を見るとき、最初に目に入るのは地形だ。筑後平野の北部に位置し、町域すべてが平坦である。南東部を筑後川が流れ、久留米市との境界を成している。日本有数の暴れ川として知られるこの川は、古くから治水に力が注がれてきた。その治水の歴史が、今も輪中堤や床島堰として町に刻まれている。
清流と平野。この条件が、酒造りに適した環境を作ってきた。筑後川の純米大吟醸と純米吟醸は、その環境の産物だ。720ml×2本のセットで届く。一本は華やかな香りの純米大吟醸、もう一本は米の旨みが前に出る純米吟醸。晩酌の時間に、二つの表情を飲み比べることができる。冷やして、あるいは常温で。季節によって、その日の気分によって、どちらかを選ぶ。そうした選択肢が、家の食卓に着地する。

樽の時間を重ねた、もう一つの酒
同じ町から、別の酒も届く。長期樽熟成の麦焼酎は、40度の力強さを持つ。樽の中で時間を重ねた焙煎麦焼酎だ。ラベルに「梟」と書かれている。夜の酒、という意味合いが込められているのだろう。水で割るもよし、ロックで飲むもよし。焼酎の場合、その飲み方によって、樽の香りの出方が変わる。

もう一品、樽熟成の蒸留酒も、この町の返礼品に名を連ねている。G20福岡に出品され、称賛されたという履歴を持つ。後熟シリーズという名の通り、樽の中での熟成を経た酒だ。

大刀洗町の返礼品の中心は、酒である。それは偶然ではなく、この町の水と風土が、酒造りに適していることの証だ。筑後川の清流、平坦な地形、そして古い治水の歴史。それらが、今も酒として家に届く。
