雨の多さが、ユズの濃さになる
高知県の山奥、馬路村。面積の96%が山林で、人口は700人余り。この村の特徴は、何より雨だ。年間降水量が4000mmを超える日本屈指の多雨地帯。1000メートル級の山々に太平洋からの湿った気流が吹き付け、絶え間なく雨が降る。
その雨が、ユズを育てる。1965年頃から本格的に栽培が始まったユズは、見た目は無骨で青果としては売れない。だが、その果汁の濃さ、香りの強さは、この雨の多さがもたらしたものだ。村の農協は1975年、その果汁を活かす道を選んだ。ユズ酢、ユズ佃煮、ユズジャム。そして1986年、ごっくん馬路村が生まれた。

濃縮ジュースの瓶を開けると、ユズの香りが部屋に満ちる。水に溶かすと、酸っぱさと甘さが一度に口に入る。朝、白湯に混ぜて飲む人もいれば、炭酸水で割って晩酌の相手にする人もいる。夏は氷を入れて、冬は温かいお湯に。季節ごとに、その飲み方は変わる。
「おらが村方式」が作った、全国の食卓
村の農協は、合併の波に逆らった。周辺の農協が次々と統合される中、馬路村農協は単独で生き残ることを選んだ。その代わり、「村自体を売る」という戦略を取った。村内販売所の整備、物産展への出展、通信販売の充実。1988年には「日本の101村展」で最優秀賞を受賞し、その後も売上を伸ばし続けた。

今、この村のユズ加工品は、全国の食卓に届いている。テレビコマーシャルも放映され、高知県内だけでなく四国・中国地方、さらには青森県でも見かけることができる。
返礼品として届くごっくん馬路村は、定期便で選べる本数が送られてくる。毎月、あるいは隔月で、この村の雨が詰まった瓶が家に届く。冷蔵庫の棚に並ぶそれは、単なるジュースではなく、山奥の村が何十年もかけて作り上げた、一つの物語だ。
人口700人の村が、全国に名前を知られるようになったのは、ユズという一つの果実を、徹底的に活かし切ったからだ。見た目の悪さを欠点ではなく、濃さへの道として選び直した。その選択が、今も毎日、どこかの家の食卓に着地している。
