台地の果実が、瓶に変わるまで
小諸は、浅間山の火砕流が積もった台地の町だ。1万年以上前の噴火が、この土地の骨格を作った。その台地の上で、モモやリンゴが育つ。私はこの町を『火山と果実の関係を、最も素直に示す場所』と見ている。
小諸産りんごのシードルは、その関係を瓶に詰めたものだ。地元で育ったりんごを、発泡酒に仕立てる。辛口という選択肢が、この町の気質を表している。甘さに頼らず、果実そのものの酸と香りを前に出す。晩酌の卓に置いて、グラスを傾ければ、台地の空気が戻ってくる。

小諸の果樹栽培は、単なる農業ではなく、土地との対話だ。火砕流堆積物という、他の地域にはない地盤の上で、何十年も同じ樹を育てる農家がいる。その手仕事の積み重ねが、一本のりんごになり、やがてシードルになる。
同じ台地から、別の表情
シナノスイートのりんごは、そのままの姿で届く。火砕流台地が育てた甘さを、皮ごと味わう。家族で囲む食卓に、秋から冬へ移る季節の手当てとして置く。一個を切って、朝食に。半分を子どもに、半分を自分に。そういう日常の中で、小諸の土地が身体に入ってくる。

浅間嶽の大吟醸と純米酒も、同じ水脈から生まれている。千曲川が市の南部から西部を貫流する。その水が、酒造りの手に渡る。大吟醸のキレの良さは、この地の水の性質を映している。純米酒の方は、より素朴に、米と水と麹の関係を示す。二本を並べて、季節や気分で選ぶ。冬の夜、ぬる燗で飲む大吟醸。春先、冷やして飲む純米酒。
小諸の返礼品は、観光地の土産ではなく、その土地で生きる人たちの手仕事の結果だ。火砕流台地という、地球の歴史が刻まれた場所で、毎年毎年、同じ仕事を繰り返す農家と職人がいる。その時間の重さが、一本のワインボトルに、一個のりんごに、詰まっている。
