盆地の水が、米を育てる
大野は、山に囲まれた盆地の町だ。東部から南部にかけて両白山地が控え、最高地点の越前三ノ峰は標高2095メートル。その山々から流れ落ちる水が、海抜200メートル前後の大野盆地に集まる。真名川、九頭竜川。豊かな水量は、冬の豪雪地帯ならではの恵みでもあり、課題でもある。消雪に汲み上げられ、一方で「御清水」と謳われる湧水や河川伏流水は、この町の名産を支えてきた。
米作りは、その水の上に成り立っている。盆地の田は、山からの伏流水に潤う。大野産コシヒカリは、そうした環境で育つ。新米の季節、10月から順次届く白米は、炊きたての香りが違う。粒が立ち、甘みが引き立つ米だ。秋から冬へ向かう食卓に、新しい米が着地する。朝の味噌汁の具も、おかずも、この米があると家の食べ方が整う。冷めても硬くなりにくく、おにぎりにしても翌日おいしい。盆地の水が育てた米を、毎日の食卓に迎える。それが大野の返礼品の入口だ。

名水が仕込む、酒の系譜
米と水があれば、酒は自ずと生まれる。大野は酒蔵の町でもある。南部酒造場の「花垣」をはじめ、真名鶴酒造、宇野酒造場、源平酒造。複数の蔵が、この盆地で酒を仕込んできた。奥越は酒造好適米の五百万石の産地でもあり、地元の米と地元の水で、地元の酒が生まれる。その循環が、400年の城下町を支えてきた。
花垣の純米古酒は、晩酌の相棒になる酒だ。500ミリリットルの瓶は、夫婦で、あるいは一人で、ゆっくり飲み進める量。古酒の深い香りと、純米ならではの骨太さ。冷やでも、ぬる燗でも、季節に応じて表情が変わる。大野の水で仕込まれた酒を、自分の家の晩酌に迎える。それは、この町の営みを、自分の食卓に招くことでもある。

城下町の食べ方を、家に迎える
大野は、織田信長の時代に金森長近が築いた城下町だ。天正3年、亀山に大野城が建てられ、その東麓に町が造られた。以来、短冊状に区切られた町並みが残り、寺町通りには寺院が甍を連ねる。七間朝市は、城下町誕生のころから続くとされ、今も春分の日から大晦日まで開かれている。
そうした町の食べ方は、素朴で、季節に寄り添っている。大美のとんちゃんのような、地元の牛ホルモンを味噌ダレで炒める食べ方も、そこから生まれた。ホルモンは、かつて城下町の台所で、捨てられない部位を活かす知恵から始まった。今、1キログラムのミックスが届くと、家族で囲む食卓が、一気に大野の町に近づく。白菜や玉ねぎと一緒に炒め、ご飯にのせ、汗をかきながら食べる。そういう、素朴で温かい食べ方が、この町には息づいている。
大野に寄付すると、米と酒と、ホルモンのような地元の食べ方が、家に届く。それは観光ではなく、この町の営みを、自分の台所に根付かせることだ。盆地の水が育てた米を炊き、その米で仕込まれた酒を飲み、地元の食材を、地元の食べ方で調理する。そうして初めて、大野という町が、自分の家の一部になる。
