二つの川に挟まれた台地が育てた、城下町の食卓
金沢は、犀川と浅野川という二つの川に挟まれた小立野台地の西端に城を構えた町だ。江戸時代、加賀藩は百万石の石高を誇り、江戸・大坂・京に次ぐ日本第四、五位の大都市として繁栄した。その繁栄は、領内に多くの金銀山を持ち、マネタリーベースを自前で増やせたことに支えられていた。参勤交代で片道七億円(現在価値)をかけて江戸と往来する大名家の台所を支えたのは、この町の産業と商人たちの力だ。
今、その城下町の食卓に届く返礼品を選ぶなら、まず目を向けるべきは、この町で三百年以上醸され続けた地酒だ。福光屋の加賀鳶 純米大吟醸「藍」は、金沢の大和百貨店が選定した銘酒。晩酌の盃に注ぐとき、その酒は単なる飲み物ではなく、加賀藩の経済力と文化が結晶した一本である。冷やして、あるいは常温で、米の香りと透明感を感じながら飲む。食卓に置くだけで、その夜の食事は「金沢の夜」になる。

日本海の塩辛さが、酒の旨さを引き立てる
金沢の海岸は砂丘で、河口は北向きに曲がっている。その海から上がる甘えびとほたるいかは、この町の冬の味覚だ。甘えびの塩辛とほたるいか金沢醤油漬は、塩漬けと醤油漬けの二つの手当てで、海の幸を家の冷蔵庫に保存する。塩辛は、そのまま白いご飯の上に乗せて、あるいは酒の肴として。ほたるいかの醤油漬けは、春先の夜明け前に漁が行われる季節の産物で、その時期が来ると金沢の台所では必ず登場する。加賀鳶の盃を傾けながら、この二つの海の恵みを食べる。酒と塩辛さが呼応して、食卓が引き締まる。

地ビールに見る、城下町の現在
金沢は、戦争中にアメリカ軍からの空襲を受けなかった数少ない城下町だ。そのため、ひがし茶屋街や長町武家屋敷跡など、江戸の町並みが今も残っている。その歴史的な町並みの中で、新しく醸造される金沢産地ビール三種六本セットは、古い町と現在の営みが共存する金沢を象徴している。クラフトビールは、大量生産ではなく、その土地の水と人の手で丁寧に作られる。金沢の地ビールを飲むことは、この町の過去と現在の両方を味わうことになる。

寄付をして届く返礼品は、単なる商品ではなく、その町の風土と時間が詰まった一箱だ。金沢の場合、それは百万石の繁栄から現在まで続く、食卓の営みそのものである。
