山に囲まれた盆地が、醸造の地になった
鎌倉に入ると、すぐに気づく。三方が低い山で囲まれていることを。南は相模湾に開かれているが、北・東・西は丘陵に閉ざされている。この地形は、かつて鎌倉幕府を置く要塞となり、中世の政権の中心地を守った。しかし室町時代中期、足利成氏が古河へ移ると、鎌倉は衰退した。
転機は明治だ。1889年、横須賀線が開通した。東京と軍港を結ぶこの鉄道は、鎌倉を通過地点から目的地へと変えた。皇族や華族、政財界の有力者が別荘を構えるようになり、観光地としての鎌倉が生まれた。関東大震災後には、壊滅した東京から多くの文化人が移住し、「鎌倉文士」と呼ばれる作家たちがこの町に根を下ろした。
現在、鎌倉市の55%が風致地区に指定され、景観保護の制限がかけられている。古都としての顔と、近代の別荘地としての顔が、この町を形作っている。
地ビールは、この町の二つの顔を映す
鎌倉ビールは、そうした鎌倉の歴史を飲む返礼品だ。地ビール醸造所が、この町に根を張ったのは、観光地化された鎌倉だからこそ。横須賀線で到着した旅人たちが、地元の酒を求める文化が育った。

12本詰め合わせは、季節ごとの異なる銘柄を家に届ける。晩酌の時間に、鎌倉の町並みを思い出させる。瓶を開けるたびに、三方の山に囲まれた盆地の空気が、部屋に満ちる感覚さえある。

他の酒と、この町の層を知る
鎌倉の返礼品には、地ビール以外の醸造品もある。鎌倉クラフトジンは、より洗練された飲み口。ジンの透明感は、相模湾に面した町の光を映すようだ。

鎌倉ワイナリーの白赤ワインは、この町が単なる古都ではなく、近代の文化的中心地であったことを示す。文士たちが愛した洋酒の伝統が、今も続いている。
これらの酒を選ぶなら、鎌倉という町の歴史の層を、一本一本で味わうことになる。地ビールの素朴さ、ジンの洗練、ワインの文化的な深さ。三方の山に囲まれた盆地から、どのような酒が生まれるのか。その答えは、寄付後の食卓にある。
