台地と水田が織りなす、富士見の米
富士見市は、埼玉県南西部の関東平野にある。市域の北東側は荒川と新河岸川が流れる低地で水田が広がり、南西側は武蔵野台地の上に市街地が発達した。この地形の二面性が、この町の米を育ててきた。
1950年代から1970年代、東武東上線の開通とともに公団団地が次々と建設された。鶴瀬第一団地(1957年)、第二団地(1962年)。やがて人口は急増し、1970年には全国で人口増加率2位を記録した。その時代、台地の上に家族が増え、低地の水田がその家族を支えた。米は、昭和の高度成長期に、この町が自分たちの食卓を守るために作り続けた作物だ。
特別栽培米こしひかりは、その歴史を引き継ぐ一袋だ。化学肥料と農薬を減らし、手間をかけて育てた米。5キロという量は、四人家族の一ヶ月分に近い。届いた時、袋を開けると、粒が揃った白さが目に入る。炊くと、ほのかな甘みが立ち上る。朝食の茶碗に盛った時、その米がどこから来たのか—台地と低地の間で、誰かの手で育てられたのか—を思い出させる。

同じく推奨できるのが彩のきずな。こちらは埼玉県が開発した品種で、粘りと甘みのバランスが特徴だ。こしひかりより粒が大きく、冷めても硬くなりにくい。弁当に詰めても、夜の冷や飯でも、食べ手を裏切らない米。毎月数量限定という制約は、その月その月の収穫を大切にする農家の姿勢を表している。

富士見の米は、高級ブランド米ではない。だが、この町が昭和から令和へ、どう食卓を守ってきたかを知る人なら、その価値が分かる。台地の上の家族が、低地の水田に感謝する。その関係が、一袋の米に詰まっている。
寄付から食卓まで、季節の手当て
返礼品は毎月数量限定で届く。つまり、その月の新しい米が家に来る。春先に寄付すれば、初夏から秋にかけて、月ごとに新米の便りが届く仕組みだ。冷蔵庫の米びつに常に新しい米がある状態—これは、昭和の農村では当たり前だったが、今は珍しい。
米を炊く時、水加減は米の品種と、その年の出来で微妙に変わる。毎月届く米に向き合うことで、自分の台所の手が、季節に応じて調整される。それは、産地と食卓が直結する喜びだ。富士見の農家が育てた米を、家族が食べる。その循環が、ふるさと納税を通じて成立する。