海が、村を立て直した
猿払村がオホーツク海に面した日本最北の村であることは、単なる地理ではない。この村は、海によって一度は絶望し、海によって再生した。
1960年代、ニシン漁の衰退と炭鉱閉山で、村は「貧乏見たけりゃ猿払へ行きな」と言われるほど疲弊していた。しかし1971年、村漁協は10年計画でホタテの稚貝放流事業に踏み切る。乱獲で消えた資源を、自分たちの手で育て直す決断だった。その後、計画的な放流と徹底した資源管理により、村は宗谷支庁内で高所得者の6割を占める自治体へと変わった。
この執念は、毛ガニにも向かっている。オホーツクの毛ガニは、同じ海で、同じ哲学で育てられた水産物だ。

冬の台所に、毛ガニが届く
毛ガニは、冬の北海道の食卓に欠かせない。届いた時点で既に冷凍されているので、解凍は前夜から冷蔵庫で。朝、甲羅の色が深い赤に戻っていれば、準備は整った。
塩ゆでが最も素直だ。大きな鍋に塩水を沸かし、ガニを入れて15分。湯気の中で、磯の香りが立ち上る。冷めるまで待つ間、家の中に潮の匂いが満ちる。
食べるのは、やはり冬の夜。脚の身は甘く、爪の先まで詰まっている。味噌は濃厚で、ご飯に乗せるだけで一杯。一尾を食べ終わるのに30分はかかるが、その時間が、北の海の冷たさを体で感じさせてくれる。
猿払村の毛ガニは、単なる食材ではなく、この村が海と向き合い続けた歴史の、最も素朴な形だ。
資源管理の海から
村の漁業が特異なのは、その分配システムにある。船主が儲けを独占するのではなく、漁協の組合員全員が平等に分配を受ける。この仕組みが、高い所得を生み出し、同時に資源を守る責任感も育てた。
オホーツク海の毛ガニも、その同じ海から来ている。冬の冷たい海水が、甘さを凝縮させる。届いた毛ガニを食べるとき、あなたの台所には、村民たちが何十年も守り続けた海が、そのまま着地する。
