山の方、という地名が示すもの
山県市は岐阜県の北側、盆地から山岳部へと標高を上げていく地形の町だ。南は濃尾平野の周辺部で緩やかだが、北へ向かうにつれ越美山地の南東端へ入り込み、1200メートル級の山々が連なる。この地形の多様さが、この町の産業と食べ物を形作ってきた。
古い戸籍に「山方郡」と記された奈良時代から、ここは「山の方」——山の方面にある集落だった。中世には美濃源氏の山県氏がこの地を本拠とし、後の武田家の家老・山県昌景や、明治の政治家・山縣有朋を輩出した。その後、戦後の高度成長期には、かつての和紙産地から転換した旋盤加工の職人たちが、水栓バルブ産業を育て上げた。旧美山町は全国生産の50%以上を占めるほどの産地になった。
いま山県市は「水栓バルブ発祥の地」として知られている。だが、その町の食卓を見ると、別の顔が浮かぶ。
飛騨牛、清流の恵みとして
飛騨牛のかたロースは、この町の南に隣接する飛騨地方の産物だ。5等級の赤身を、すき焼き用に薄くスライスしたもの。

山県市の台所では、こうした肉をどう使うか。秋から冬へ向かう季節、家族が集まる食卓では、すき焼きの鍋が出される。白菜や長ねぎ、豆腐を用意して、割り下を温める。薄く切られた飛騨牛を、さっと火を通して、卵にくぐらせて食べる。肉の赤身の甘さが、野菜の甘さと重なる瞬間がある。
この町は岐阜市に隣接し、飛騨地方とも近い。南北の産地の恵みが、自然に食卓に着地する地理がある。
栗と、秋祭りの記憶
毎年10月の第一日曜日、四国山香りの森公園では「ふるさと栗まつり」が開かれる。利平栗発祥の地として、この町は栗を誇る。100近いバザーが立ち並び、栗おこわ、焼き栗、栗きんとんが売られる。つかみ取りの時間には、子どもたちが駆け寄る。
栗は、この町の北部の山々が育てる産物だ。秋の盆地から山へ向かう道を走ると、栗の木が目に入る。収穫の時期には、家庭の台所でも栗ご飯が炊かれ、栗の甘露煮が瓶詰めにされる。
清流と、季節の手当て
武儀川は美山地区を流れる清流として知られ、鮎釣りや川遊びの季節には多くの人が訪れる。この川の水は、町の生活用水にもなり、農業用水にもなる。
山県市の返礼品には、こうした清流の恵みを背景にした米も含まれる。減農薬で育てられた米は、この町の水と土が育てたものだ。春から秋へ、季節ごとに田んぼの色が変わり、秋の収穫を迎える。毎日の食卓に、その米が届く。
水栓バルブの町として知られる山県市だが、その産業を支えた職人たちの手は、同時に家庭の食卓も支えてきた。旋盤で金属を削る手と、秋に栗を拾う手。その両方が、この町の風土を形作っている。