港町の転換点に、イカが主役になった
函館は、かつて北洋漁業の最盛期を迎えた町だ。ポーツマス条約によって日本がロシア帝国から漁業権を得た明治後期から昭和戦前にかけて、この港は樺太沖の豊かな漁場を背景に、日本有数の水産都市として栄えた。しかし終戦直後から1952年まで、北洋漁業ができない時間が訪れた。その空白の中で、函館の漁師たちが見つけたのがイカだった。
北洋漁業の将来に不安を抱いた函館市は「工業生産都市」への転換を模索したが、やがて市民の「生活環境」重視へと舵を切った。その過程で、イカ釣り漁と水産物加工業が台頭し、今も函館の食卓と産業を支えている。天然の良港である函館港は、江戸時代から松前、江差とともに「松前三港」と呼ばれ、海産物交易の集積地として栄えてきた。その歴史の中で、イカは単なる漁獲物ではなく、この町の転換と再生を象徴する食材になった。
家の食卓に着地する、イカの加工品
いかシュウマイは、函館の水産加工の現在地を最も素直に映す返礼品だ。すり身にした地元産のイカを、丁寧に成形し、小分けパックで届く。冷凍で保存でき、弁当に、夜食に、子どもの食卓にも自然に置ける。解凍して温めるだけで、函館の漁場の味が家に着地する。

イカシュウマイは、北洋漁業の衰退後に函館の加工業が磨いた技術の結晶だ。生のイカを塩漬けにして保存する時代から、すり身に加工し、さらに調理済みの冷凍品として流通させる。その過程で、函館の職人たちは季節や鮮度の変動を吸収し、通年で安定した味を届ける工夫を重ねてきた。一個150gの小分けパックは、現代の家族の食べ方を想定した設計だ。朝の弁当に2個、夜の一品に3個。そうして函館の海が、毎日の食卓に溶け込む。
米と塩漬け鮭、函館の冬の手当て
函館の冬は厳しい。年平均降雪量は306cm。12月から2月にかけて日平均気温が氷点下になり、-10℃を下回る日も数日ある。そうした気候の中で、この町の台所は何を備えるか。
函館育ちふっくりんこは、地元産のブランド米だ。函館平野と亀田半島の扇状地で育つ米は、冬の長い保存に耐える。白米のまま冷暗所に置けば、春まで味わいを保つ。毎日の飯として、冬の食卓の中心になる。

甘塩紅鮭切身は、函館の冬の常備菜だ。半身を4パックに分けた切身は、朝食の焼き鮭として、あるいは夜の一品として、冬の間ずっと家の食卓に登場する。甘塩で仕上げられた鮭は、ご飯との相性が良く、漬物や味噌汁と組み合わせて、シンプルな食事を成立させる。函館の漁港から届く鮭は、この町の人たちが何百年も食べ続けてきた、最も身近な海の恵みだ。
郷土の味、いかめしの記憶
いかめしは、函館の郷土料理だ。イカの胴体に米を詰め、伝統のタレで煮込んだ一品。北海道産米「ふっくりんこ」を使い、イカの風味と米の甘みが一体になる。2尾×6パックで、冷凍で届く。温めるだけで、函館の台所の記憶が蘇る。
いかめしは、北洋漁業の衰退後、函館の加工業が創意工夫で生み出した料理ではない。むしろ、イカが豊富にあった時代から、この町の人たちが日常的に食べてきた、最も素朴な一品だ。それが今、返礼品として全国の食卓に届く。函館の海と、この町の人たちの手が、遠く離れた家族の食卓を支える。その関係性の中に、ふるさと納税の本質がある。
返礼品を選ぶ視点
函館の返礼品は、大きく三つの層に分かれている。一つは、旅行クーポンなど観光資源を活用した返礼品。函館は毎年500万人以上の観光客が訪れる観光都市であり、函館山の夜景や五稜郭といった名所がある。そうした観光地を背景にした返礼品も多い。
もう一つは、水産物そのものだ。イカ、鮭、毛蟹、海鮮しゅうまい。函館港から届く生鮮品や冷凍品は、この町の漁業の現在を最も直接的に映す。北洋漁業の衰退後、函館の漁業はイカ釣り漁を中心に再編成された。その結果、イカを使った加工品が増え、今では函館の水産加工業の主力商品になっている。
三つ目は、地元産の米や日本酒といった、農業・醸造業の返礼品だ。函館は港町であり、漁業の町だが、背後には亀田川の扇状地があり、農業も営まれている。五稜飲み比べセットのような地酒も、函館の食文化を支える一部だ。
返礼品を選ぶ際は、自分の食卓にどう着地するかを想像することが大切だ。観光クーポンは、函館を訪れる予定がある人向けだ。水産物は、冷凍で保存でき、通年で食べられる。米や日本酒は、冬の長い北海道の生活を支える、基本的な食材だ。函館の風土と、自分の食べ方を重ね合わせて、返礼品を選ぶ。その時、函館という町が、単なる観光地ではなく、生きた食卓の背後にある、具体的な漁場・農場・工場として見えてくる。
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