倉吉でウイスキーが生まれる理由
倉吉は海に面さない盆地の町だ。打吹山の麓、天神川と小鴨川が合流する地に、江戸時代から商工業の中心として栄えてきた。白壁土蔵が今も立ち並ぶ打吹玉川地区は、その繁栄の痕跡を留めている。
私がこの町を見ると、「ものを作り、それを遠くへ送る」という営みが、江戸から今に続いているのだと感じる。かつて稲扱千歯や倉吉絣が全国に流通したように、今、この町から出ていくのがマツイ ピュアモルト 倉吉である。

倉吉のウイスキーは、単なる地酒ではない。蒸留所が、この盆地の水と気候を読み込んで、樽の中で年月をかけて仕込んだものだ。ピュアモルト 倉吉は、その土地の手仕事の結果である。晩酌の時間に、グラスに注ぐと、倉吉という場所が、液体の中に凝縮されているのを感じる。
梨の季節、食卓に届く
倉吉は「とっとり梨の花温泉郷」を形成する梨の産地だ。二十世紀梨の一大産地であり、市内には梨をテーマにした日本唯一の博物館まである。
新甘泉と二十世紀梨の食べ比べセットは、この町の季節を家の食卓に着地させる返礼品だ。新甘泉の甘さと、二十世紀梨の爽やかさ。二つの品種を並べて食べることで、梨という果実の多様性が、一つの産地の中に存在することが分かる。5キロという量は、家族で何度も食卓に上る。秋の朝、冷やした梨を切る手の感覚、その甘さが口に広がる時間。それが倉吉という町の営みなのだ。

地元の水で仕込む、もう一つのウイスキー
マツイウイスキー 山陰も、この町の蒸留所の仕事である。ピュアモルト 倉吉とは異なる表情を持つこのウイスキーは、同じ水、同じ気候の中で、別の樽で、別の時間をかけて熟成されたものだ。飲み比べることで、同じ場所から生まれたものの、多様性が見える。
倉吉という町は、江戸時代から「ものを作る」ことで生きてきた。その伝統は、今、ウイスキーという形で続いている。白壁土蔵の町で、樽の中で年月をかけて仕込まれるウイスキー。それは、この町の手仕事の、最も現代的な表現なのだ。