矢作川が運んできた産業の層
西尾市は、愛知県中央部を北から南へ流れる矢作川の南端に位置する。この川が、この町の産業を形作ってきた。江戸時代、矢作川を上って運ばれた饗庭塩は、岡崎城下から遠く信州塩尻宿まで流通した。塩田から始まった流通網は、やがて米、茶、酒へと広がっていく。私はこの町を、川が運ぶ「層」の町だと見ている。上流から下流へ、時代から時代へ、産業が積み重なってきた場所だ。
現在、西尾は「三河の小京都」として知られ、抹茶の産地として全国に名が通っている。だが返礼品を見ると、この町の顔はむしろ清酒にある。
推し一品:西尾の清酒、燗酒の道
西尾の清酒 純米大吟醸 幻々は、2022年の燗酒コンテストで受賞した一本だ。燗酒コンテストという存在自体が、日本の酒文化の奥行きを示している。冷やして飲む酒ではなく、温めて飲む酒。その温度帯で初めて香りと味わいが開く酒がある。この清酒がそれだ。

西尾で清酒が作られるようになった時期は、research に明記されていないが、江戸期の産業史から推測すれば、塩田と同じく矢作川の水利を活かした醸造が行われていたはずだ。現在、西尾の酒蔵は少数だが、その一本一本は、この町の水と米と職人の手によって、何十年も同じ場所で作られ続けている。
晩酌の時間に、この清酒を燗にして飲む。ぬるめの湯に瓶を浸し、香りが立つまで待つ。その数分間が、西尾という町の時間の流れを、家の食卓に運んでくる。
漁師の手と、茶の町の甘さ
西尾は三河湾に面している。元漁師が作る高級魚セットは、その湾で獲れた魚を、漁師自身が干物に仕立てたものだ。無添加という言葉は、現代の食品表示では当たり前だが、ここでは違う意味を持つ。漁師が自分の手で塩漬けにし、自分の目で乾き具合を見守る。その手仕事の結果が、「無添加」という一言に凝縮されている。

一方、西尾の抹茶テリーヌは、この町の抹茶文化を、洋風の菓子に翻訳した品だ。濃厚な抹茶の苦味と、テリーヌの滑らかさ。西尾の抹茶は、単なる茶ではなく、菓子職人の手によって新しい形に生まれ変わる。
西尾のお米・翔米は、この町の米作の現在を示している。矢作川の水を受けた田で育つ米。毎月、定期便で届く米は、家の食卓の基盤となる。清酒も、干物も、抹茶菓子も、すべてはこの米の上に成り立っている。
西尾の返礼品は、高額な工芸品や旅行クーポンではなく、この町の産業が今も続いていることを示す品々だ。漁師の手、蔵人の手、農民の手。それらが、毎日、この町で動いている。