河川の手、職人の手
私は墨田区を『川の手』と呼ぶ。隅田川、荒川、旧中川に囲まれたこの地は、江戸時代初期まで葦の生い茂る湿地帯だった。1657年の振袖火事をきっかけに江戸の市街地が隅田川以東に拡大し、武家屋敷や町屋が立ち並ぶようになった。その後、工業化の波が押し寄せ、多くの工場が立地した。関東大震災、東京大空襲と幾度の災禍を受けながらも、戦後は住宅と中小企業の工場が建ち並ぶ下町として復興した。
この町の職人たちは、そうした歴史の中で手仕事を守り続けてきた。特に目を引くのが江戸切子だ。ガラス器やガラス瓶の製造、そしてガラス加工の技術は、この地で脈々と受け継がれている。
江戸切子——光を彫る手仕事
江戸切子のペアグラスは、その技の結晶だ。七宝繋ぎ紋様を藍と紅に彫り分けた乾杯グラスは、透明なガラスに光を通すたびに、江戸職人の手が刻んだ幾何学模様が浮かび上がる。


江戸切子は、ガラスの表面に細かな溝を彫り込む技法だ。一本の刃物で、何度も何度も同じ角度で光を受けるよう調整しながら彫る。その手の動きは、計算と経験の積み重ねの上にある。紋様ひとつ、色合いひとつが、職人の目利きと手の精度に左右される。
届いたグラスを手に取れば、その重さと透明感が、単なる食器ではなく工芸品であることを教える。晩酌の時間に、このグラスに酒を注ぐ。光が紋様を通して卓上に映る。その瞬間、江戸から続く職人の手仕事が、自分の日常に着地する。
下町の手仕事、いま
墨田区の返礼品には、この町の産業史が映っている。スコッチグレイン紳士靴は、靴という日用品を通じた職人仕事だ。革を選び、型を整え、縫い目ひとつまで手を入れる。靴作りもまた、この町で続いてきた中小企業の手仕事の一つである。

すみだモダン認定のフルーツシャーベットは、地元の認定制度を通じた現代の手仕事だ。この町が、単に過去の遺産を守るのではなく、今を生きる職人たちの仕事を支援し、認定する仕組みを持っていることが伝わる。
墨田区への寄付は、こうした職人たちの手仕事が、これからも続いていくための支援になる。江戸切子のグラスを手にすることは、その支援の形を、自分の食卓で感じることなのだ。