秩父盆地の蜜が、酒になるまで
小鹿野町は秩父盆地のほぼ中央に位置し、町域の西側には両神山や二子山といった日本百名山を擁する山々が連なっている。丸神の滝、毘沙門水、セツブンソウの自生地——この町の風土は、山と水と季節の花に彩られている。
そうした風土の中で、新しい仕事が生まれた。秩父小鹿野百花ミードである。蜂蜜を酵母で発酵させるミードは、ワインやビールより古い歴史を持つ飲み物だ。だが日本でこれを作る者は少ない。小鹿野の作り手は、この町の蜜——複数の花から集められた百花蜜——をその素材に選んだ。

無濾過で瓶詰めされたそれは、300ミリリットルの小ぶりな瓶に、琥珀色の液体を静かに湛えている。蜜の甘さと発酵の酸味が交わる香りは、この町の春から秋にかけての花の時間を、凝縮した形で伝える。ロウバイから始まり、福寿草、セツブンソウ、カタクリ、ハナモモ、ダリアへと移ろう季節の中で、蜂たちが集めた蜜の記憶が、ここに閉じ込められている。
晩酌の時間に、山麓の季節を
届いた瓶を開けば、冷やしても常温でも、その香りと味わいは食卓に季節をもたらす。甘口のミードは、食後の一杯として、あるいは冬の夜、温めてゆっくり飲むのも良い。蜂蜜酒という名は古いが、この町で新しく作られたそれは、両神山麓の風土を知る者にとって、毎年の花の時間を思い出させる飲み物になるだろう。
小鹿野町は、江戸時代から続く小鹿野歌舞伎の伝承地であり、町民が衣装から化粧、振り付けまですべてを担う地芝居の町でもある。そうした手仕事の文化の中で、この蜜の酒もまた、丁寧に作られている。秩父の山々に囲まれた盆地で、季節ごとに咲く花の蜜を、時間をかけて発酵させる——その営みは、この町の風土そのものを、液体の形で家の食卓に届けるものなのだ。