奥入瀬川の水が育てた酒蔵
私がおいらせ町を訪ねるたびに思うのは、この町の産業は水に支えられているということだ。十和田湖を源流とする奥入瀬川が東西を流れ、太平洋に注ぐ。その清冽な水系の中に、桃川株式会社という酒蔵がある。青森県内大手の酒造メーカーとして、この町で酒を仕込み続けてきた事業者だ。
桃川の大吟醸純米 王松は、その蔵の代表作である。720ミリリットル、桐箱に納められた一本。大吟醸とは、米を磨き、低温でゆっくり発酵させる手法だ。仕込みから瓶詰めまで、数ヶ月の時間がかかる。蔵人たちは毎日、温度と湿度を読み、麹の香りを嗅ぎ、酵母の声を聴く。その積み重ねが、一本の酒になる。

王松という名は、この蔵が長年かけて育てた銘柄だ。米の品種、磨き具合、仕込み水の選定—すべてが計算されている。しかし計算だけでは酒にはならない。蔵人の経験と勘、季節ごとの気候への対応、そして何より、その土地の水と米への信頼がなければ、この味は生まれない。
晩酌の時間に、町の風土を注ぐ
おいらせ町は農業の町でもある。コメ、イチゴ、長いも、ニンジン—土地が育てた産物が、町の食卓を支えている。その米が、やがて酒になる。蔵に運ばれ、磨かれ、仕込まれ、時間をかけて変わっていく。
王松を晩酌に注ぐ時、グラスに映るのは単なる液体ではない。奥入瀬川の水、この町の米、蔵人たちの手仕事、そして季節ごとに変わる青森の気候—すべてが一本に凝縮されている。冷やして飲めば、米の甘さと吟醸香が立ち上る。常温で飲めば、また違う表情を見せる。
桐箱に入った状態で届く。贈り物としても、自分へのご褒美としても、その重みと佇まいが、晩酌の時間を特別にする。おいらせ町の産業は、農業、漁業、工業と多様だが、この酒蔵の存在は、町が何千年も前から米と水を大切にしてきた証だ。
