宇宙センターの隣で、焼酎は何を醸すのか
南種子町は、日本の最先端と最古の記憶が同じ土地に立っている町だ。1543年、ポルトガル人が漂着して鉄砲を伝えた浜がある。その同じ島の南部に、今はJAXA種子島宇宙センターがある。ロケットが打ち上がる音を聞きながら、この町の人たちは米を作り、焼酎を仕込んできた。
推し一品は 南泉・宝満・ロケット1975の3本セット だ。名前だけで、この町の時間が見える。南泉と宝満は、この地で何十年も醸されてきた焼酎。そしてロケット1975——1969年に宇宙センターが発足した翌年の数字を冠した焼酎である。

温暖な気候に恵まれた種子島は、稲作が盛んだ。国内で最もコシヒカリの出荷が早い土地でもある。その米と、この地の水、そして仕込み手の時間が、焼酎になる。ロケット1975という名は、単なる記念品ではない。宇宙開発という新しい産業がこの町に根付いた時代を、焼酎という最も古い発酵技術で刻んだものだ。
晩酌の時間に、グラスに注ぐ。香りを嗅ぎ、一口含む。その瞬間、この町の過去と現在が同時に立ち上がる。鉄砲伝来から480年。宇宙センター発足から50年以上。その両方を抱えながら、米を育て、焼酎を醸し続ける人たちの手仕事が、ここにある。
食卓に届く、この町の三つの時間
南泉の化粧箱入り6本セット は、贈り物として選ばれることが多い。一本一本が丁寧に箱に納められている。正月の食卓、父の日、敬老の日——人生の節目で、この焼酎が選ばれるのは、それが単なる酒ではなく、この町の時間を贈ることだからだろう。

黒毛姫牛のこま切れ も、この町の産業を代表する品だ。温暖な気候が育てた牛肉。米焼酎と一緒に、すき焼きの鍋に入れる。焼酎をちびりと飲みながら、肉を箸でつかむ。その食べ方は、この町の風土そのものだ。
南種子町への寄付は、鉄砲伝来の地で、今も焼酎を醸し、米を育て、ロケットを見守る人たちの営みを支えることになる。
