杉元酒店の焼酎が、この町の顔である理由
私がさつま町を訪ねるなら、まず杉元酒店の焼酎を手にしたい。理由は単純だ。この町は焼酎の町であり、その仕事を担う事業者がいるからだ。
鹿児島県の中北部、川内川の流域に位置するさつま町。2005年に宮之城町・鶴田町・薩摩町が合併して発足した町だが、その歴史は明治まで遡る。この地で焼酎が作られ、飲まれ、人々の晩酌を支えてきた。杉元酒店はそうした営みの現在形だ。
権助は、30度の芋焼酎。1.8リットルの瓶が届く。晩酌の相棒として、毎晩の食卓に着く。ロックで、水割りで、お湯割りで。季節が変わるたびに、飲み方も変わる。冬の夜、湯気の立つ湯呑みに注ぐ。夏の夜、氷の音を聞きながら水で割る。そうした日常の繰り返しの中で、この町の焼酎は家の一部になっていく。

焼酎は、作り手の手が見える酒だ。仕込みの時間、発酵の日数、蒸留の火加減。そのすべてが、瓶の中に詰まっている。杉元酒店の焼酎を飲むことは、この町の職人の仕事を、毎晩、口に含むことなのだ。
食卓に着く、この町の産物たち
さつま町の返礼品は、焼酎だけではない。だが、焼酎を軸に、この町の食卓を整えることができる。
米は、かじや農が育てたひのひかり、なつほのか、あきほなみから選べる。焼酎の水割りを飲みながら、その米で炊いたご飯を食べる。そうした組み合わせの中で、この町の風土が立ち上がる。

新生十万みかんは、祝迫果樹園が育てた柑橘。1月中旬から2月中旬の出荷。冬の晩酌の後、甘酸っぱい果肉を口に含む。焼酎の余韻を、みかんの香りが洗い流す。そうした季節の手当てが、この町の食べ方なのだ。
北さつま高崎牛の切り落とし肉も、この町の産物。焼酎を飲みながら、牛肉を焼く。その香りと、焼酎の香りが交わる。そうした夜の営みが、この町への寄付の先にある。
焼酎の町・さつま町。その顔は、杉元酒店の焼酎であり、その背後には、米を育てる農家、みかんを育てる果樹園、牛を育てる畜産家がいる。返礼品を通じて、その営みに触れることが、この町を知ることなのだ。
