別府湾の三角州に育つ、工業と食の二重構造
大分市は、大分川と大野川が形成した三角州と沖積平野の上に立つ町だ。瀬戸内海式気候に属し、年間を通じて温暖で少雨。この地形と気候が、古くから田圃を開き、漁業を支えてきた。
古代には豊後国の国府が置かれ、中世には大友氏の城下町・府内として栄えた。戦国時代、大友義鎮(宗麟)の庇護のもと、日本初の西洋式病院が開設されるなど、南蛮文化の中心地となった。しかし1586年の豊薩合戦で炎上し、その後は細分化される。1601年、竹中重利が府内藩の藩祖となり、城下町を整備。江戸時代には豊後最大級の城下町として5,000人を超える人口を擁していた。
転機は高度経済成長期。1960年代、新産業都市指定を目指した大合併により、大分市は急速に工業化した。沿岸部に新日鉄などの大工場が進出し、「新産都の優等生」と呼ばれるほど発展。人口も1963年の21万人から1990年代には40万人を突破した。現在、大分市は九州で福岡市、北九州市、熊本市、鹿児島市に次ぐ第5位の人口を擁する。
しかし、この町の本質は工業だけではない。別府湾に面した漁場と、内陸の農地。その両方が、今も台所に届く。
りゅうきゅう——塩漬けにした朝獲れの記憶
豊後水道の朝獲れ りゅうきゅうは、大分の郷土料理を代表する一皿だ。関あじ、関さばなど、豊後水道で獲れた新鮮な魚を塩漬けにし、すりごまと煎りごまで和えたもの。急速冷凍で届く。

これは、漁師の台所から生まれた食べ方だ。朝獲れの魚を塩漬けにすることで、鮮度を保ちながら日持ちさせる。その塩辛さを、ごまの香りと甘みで整える。ご飯の上にのせて食べるのが本来の食べ方だが、酒の肴にもなる。冷蔵庫から出して、そのまま食べることもできる。
届いた時点で調理は完了している。だから、忙しい夜の食卓に、豊後水道の味がそのまま着地する。季節を問わず、この町の漁場の恵みを、家の食卓で味わうことができる。
焼酎と日本酒——温泉水と米が出会う場所
大分は焼酎の産地でもある。焼酎 麦焼酎・芋焼酎セットは、温泉水で作られた焼酎だ。大分県は温泉が豊富で、その水が焼酎造りに使われてきた。麦焼酎と芋焼酎の2本セット。20度と25度の異なる度数で、飲み口の違いを楽しめる。

晩酌の時間に、水割りやお湯割りで飲む。温泉水由来のまろやかさが、夜の時間を柔らかくする。
日本酒も地場産がある。吟のさと 大吟醸 倉光の沙羅は、地酒として選べる。300ml×3本か720ml×1本か、飲み方に合わせて選べる。冷やして、または常温で。季節の食卓に合わせて、この町の酒蔵の手仕事が届く。
米と肉——平野と牧場の産物
大分平野は、古代から田圃が開けていた土地だ。大分ヒノヒカリは、この平野で育つ米。冷めてもおいしいとされる品種で、おにぎりに向く。3kg以上、選べる内容量で届く。
肉も、この町の産物だ。豊後牛肩肉しゃぶしゃぶ用は、大分産のブランド牛。肩肉の赤身で、しゃぶしゃぶに向く。冬の鍋の季節に、家族で囲む食卓に。
工業都市として急速に成長した大分市だが、その周辺には今も農地と牧場がある。高度経済成長期の開発の中でも、この町は食べ物を作り続けてきた。
返礼品を選ぶ視点——季節と台所の現実
大分市の返礼品は、食べ物が中心だ。旅行クーポンや高額家電も用意されているが、この町を知るなら、食卓に着地する品を選ぶべき。
りゅうきゅうは、通年で楽しめる。焼酎と日本酒は、晩酌の相棒。米と肉は、毎日の食事の基本。どれを選んでも、別府湾と大分平野、そして温泉水という、この町の風土が家に届く。
寄付の時期に迷ったら、季節を考えて選ぶといい。冬なら肉と焼酎。春から秋なら、りゅうきゅうと日本酒。米は、いつでも必要だ。
