有田の台所は、季節の鍋から始まる
有田町は和歌山県中部、紀伊水道に面した町だ。有田川沿いに沖積平野が広がり、古くからみかんの産地として知られている。1574年、肥後八代からみかん苗が持ち込まれて以来、この町の食卓と産業は柑橘とともにある。だが私がこの町を見るとき、もう一つの顔が浮かぶ。蚊取り線香発祥の地であり、熊野古道が南北に通る歴史の厚みだ。
冬の有田の家では、何が食卓に上るか。有田川の水で育つ野菜、そして鍋。この季節、佐賀牛の赤身が届くと、台所の手仕事が変わる。しゃぶしゃぶ用に薄く切られた牛肉は、昆布だしの湯に数秒。赤身の甘みが、塩とポン酢だけで十分に引き立つ。霜降りではなく、赤身を選ぶことの意味がある。脂ではなく、肉そのものの味わいが、野菜や豆腐と一緒に鍋の中で調和する。家族が箸を伸ばす時間が、自然と長くなる。

鍋の季節に、もう一つの選択肢
同じ鍋でも、すき焼きの夜もある。佐賀牛のすき焼き肉は、霜降りの牛肉だ。割り下の甘辛さに、脂が溶け込む。玉ねぎ、白菜、春菊と一緒に、鍋の底で焼き色をつけながら食べる。この肉は、赤身とは違う役割を果たす。鍋全体を豊かにする、季節の儀式としての一品だ。

有田の冬は、こうした鍋の季節が長い。11月から3月まで、毎週のように鍋が食卓に上る家も多い。その時々で、赤身を選ぶか、霜降りを選ぶか。その選択が、その晩の食卓の表情を決める。
有田焼の器で、日常を整える
もう一つ、この町から届く品がある。有田焼のビアカップだ。有田焼は、この町の陶磁器産業の中心。木目の釉薬とプラチナの装飾が施された器は、日常の飲み物を少し特別にする。ビールを注ぐ時、焼酎を注ぐ時、その器の手触りと色合いが、飲む人の気持ちを整える。
有田の台所は、こうした層で成り立っている。季節の鍋に佐賀牛を合わせ、有田焼の器で日々を迎える。みかんの産地として知られるこの町だが、冬の食卓を支えるのは、実は肉であり、焼き物であり、そして水だ。紀伊水道を臨む町の、見えない食文化がある。
