太平洋の突端で、毎日が漁の町
土佐清水は、四国本島の西南端に突き出した足摺半島の先端にある。高速道路も鉄道も通らない、東京からの移動時間が日本で最も長い市の一つだ。その地理的な孤立が、逆に町の顔を明確にしている。
海岸線の大部分が足摺宇和海国立公園に属し、足摺岬から見える太平洋は、黒潮が流れ込む漁場そのものだ。この町の産業は水産業。遠洋漁業で知られ、清水サバをはじめ、かつおぶし工場も稼働している。人口は1万2千人弱で、高齢化率が50%を超える限界自治体だが、その海との関係は今も変わらない。
私がこの町を見るとき、返礼品の中心は必然的に「海から上がったもの」になる。それは観光資源ではなく、生業そのものだからだ。
推し一品:おまかせ鮮魚フィレセット
おまかせ鮮魚フィレセットを選んだ理由は、この町の漁業の現在形が最も素直に表れているからだ。

かつお、ぶり、かんぱち、鯛、ひらめ、ハガツオなど、その時々に獲れた地魚が、フィレ(三枚おろし)の状態で届く。「おまかせ」という形式は、漁師の日々の仕事そのものを反映している。毎日の海況、季節の移ろい、その日の漁獲で、食卓に上る魚が決まる。それを受け入れることが、この町と食べ手をつなぐ最も正直な方法だ。
フィレで届くので、調理の手間は最小限。塩焼きにするなら、朝の準備で塩を振って、夜に火を通すだけ。刺身で食べたければ、冷凍のまま解凍して、醤油とわさびで。煮付けにするなら、生姜と醤油で15分。家の台所で、特別な技術なく、その魚の味を引き出せる形で届く。
足摺岬の先端で、黒潮に揺られながら獲られた魚が、フィレになって家に着く。その時間差と物理的な距離を、食べるたびに思い出す。それが、この町との関係を作る。
季節の鮮魚と、保存食の組み合わせ
鮮魚だけでは、保存の現実に対応できない。そこで、しらすの小分けパックが活躍する。

無添加の釜揚げしらす、70g×4~12袋。冷凍庫に常備しておけば、朝ご飯の一品、昼の丼、夜の酒の肴に、いつでも引き出せる。天日干しのちりめんじゃこも同じ役割を果たす。土佐清水の漁業が、鮮魚だけでなく、小魚の加工品も産業として成り立たせてきた証だ。
鮮魚が届いた週は、その魚を中心に食卓を組み立てる。翌週、鮮魚の在庫が減ったら、しらすの丼で日々をつなぐ。そうした食べ方の現実を、この町の返礼品は理解している。
ヒオウギ貝も、同じ季節感を持つ。9月発送、ホタテの仲間で、生のまま届く。バーベキューで焼くのが定番だが、家の台所でも、フライパンで塩焼きにすれば、磯の香りが立ち上る。保存は冷凍で、1~2ヶ月は持つ。
米と果実:足摺半島の限られた耕地から
この町は海の町だが、山も深い。足摺半島の西海岸には、清水の名水が湧き、町の地名の由来になった。その水で育つ米が、コシヒカリの玄米だ。
令和8年産の新米、5kg。玄米で届くので、家の精米機で白米にするか、そのまま玄米食にするか、選べる。海の幸が中心の食卓に、この町の水で育った米が加わると、食事の重心が整う。
果実は、訳あり小夏。日向夏とも呼ばれる柑橘で、5kg。「訳あり」とは、形が不揃いか、傷があるか、そうした理由だ。味に変わりはない。冬から春にかけて、毎朝一個、朝食の後に食べる。酸味と甘みのバランスが良く、皮も薄い。この町の限られた耕地で、丁寧に育てられた果実だ。
食卓に着地させる
土佐清水の返礼品は、「この町で何が採れるか」を素直に映す。高級感や特別感を演出するのではなく、漁師と農家の日々の仕事が、そのまま家に届く形だ。
鮮魚は週に一度、季節の魚を塩焼きで。しらすは毎朝の丼で。貝は月に一度のバーベキューで。米は毎日の食事の基盤で。果実は朝食の後の一個で。そうした食べ方の積み重ねが、この町との関係を作る。
東京から最も遠い市の一つだからこそ、その距離を食べることで埋める。それが、土佐清水との付き合い方だと思う。