金魚池が刻んだ町の地形、そこに根ざす手仕事
大和郡山は、奈良盆地北部の平坦な土地に、数多くの池を抱えた町だ。これらの池の多くは、江戸時代から武士の副業として始まった金魚の養殖池である。佐保川や富雄川が南流するこの地形は、水を引き、溜め、管理することに適していた。やがて金魚養殖は副業の域を出て、全国産地として山形県の庄内と市場を二分するほどの規模に成長した。
町の繁栄は、戦国末期に筒井順慶が郡山城に拠ってから始まる。豊臣秀長の時代には大和国の中心都市として栄え、江戸期には柳沢氏が藩主として統治した。城下町の細い路地は今も残り、古い町割のまま人々が暮らしている。
こうした町の歴史と地形が、やがて別の産業を育てた。金魚養殖で栄えた町には、職人気質の人間が集まり、手仕事の文化が根付いた。革靴職人もまた、この町で生まれ、育ち、今も靴を作り続けている。
城下町の職人が作る、歩みのための一足
倭イズムの牛革ビジネスシューズは、郡山の職人が手がけた革靴だ。本革を用い、マッケイ製法で仕上げられている。足を入れた時の吸い付くような感覚、歩くたびに足に馴染んでいく革の表情——こうした細部への目配りは、金魚養殖の池を管理する職人と同じ感覚から生まれている。

朝、靴を履いて駅へ向かう。昼間、オフィスで足を支える。帰路、疲れた足を包む。そうした日々の中で、革は色を深め、形を整え、その人だけの靴へと変わっていく。職人が作った靴は、履き手の時間を一緒に歩む。
郡山の靴職人たちは、金魚養殖で栄えた町の地形と歴史を背景に、今も革靴を作り続けている。その靴を履くことは、この町の手仕事の文化を、足元から支えることでもある。
季節の恵みと、職人の手
返礼品には、靴職人の作品の他にも、この町の季節が届く。自家栽培のいちじくを乾燥させたドライフルーツは、矢田丘陵の起伏のある土地で育った果実だ。ドーフィンとバナーネの二種が詰められており、秋から冬へ移る季節に、甘さと酸味のバランスを楽しむことができる。

金魚の養殖池が減少する中、この町の農業も変わりつつある。だが、土地に根ざした生産者たちは、季節ごとの恵みを丁寧に形にしている。靴職人の手仕事と同じく、それは時間をかけた営みだ。
