古道が町の背骨になっている
大阪府南河内地域の太子町を訪ねると、まず気づくのは地形だ。生駒・金剛山地の西麓に位置し、二上山を望む丘陵地帯。そこを南北に貫くのが竹内街道——日本最古の官道と言われる道だ。
私がこの町を見ると、古道と現在の暮らしが地続きになっている風景が浮かぶ。飛鳥川が流れ、山々に囲まれた盆地のような地形の中で、人々は千年以上前から同じ道を歩んできた。聖徳太子にゆかりがあるという理由で、兵庫県の太子町や奈良県の斑鳩町と友好都市提携を結んでいるのも、この町の歴史的な重みを物語っている。
敏達天皇陵、用明天皇陵、推古天皇陵、孝徳天皇陵、そして聖徳太子廟——梅の花びらになぞらえて「梅鉢御陵」と総称される五つの古墳が町内に点在する。羽曳野市と並んで、大阪府内で最も多くの天皇陵を抱える町だ。叡福寺は聖徳太子の墓所として知られ、科長神社には小野妹子の墓がある。こうした古跡が、単なる観光資源ではなく、町の人々の日常の中に息づいている。
山と川に寄り添う、小さな町の営み
人口は約一万三千人。駅は町内にはなく、最寄りは羽曳野市の上ノ太子駅か富田林市の喜志駅だ。南阪奈道路の太子インターチェンジがあり、国道166号(竹内街道)が通っているとはいえ、この町は決して交通の要衝ではない。むしろ、そうした立地だからこそ、古い道と古い歴史が今も町の骨格として機能しているのだと思う。
町花にサツキ、町木にクスノキが選定されたのは1976年。小さな町が、自分たちの風土を言葉にしようとした営みだ。なにわ野菜の産地として知られ、石川早生(エビイモ)も栽培されている。南河内フルーツロード(金剛広域農道)が整備され、農業と地域が結びついている。
返礼品として寄付を受け付けている マッサージチェア は、山々に囲まれた丘陵地で、日々の暮らしの中で身体を休める時間の大切さを思わせる。古道を歩んできた人々の営みの上に、今を生きる人たちがいる。その営みを支える、小さな町への寄付だ。

