寺内町が遺した、ものづくりの筋
貝塚は、一向宗の自治都市として16世紀に成立した寺内町だ。願泉寺を中心に、石山本願寺の下で町割りされ、豊臣秀吉から寺内諸役免許の朱印状を、後に徳川家康からも黒印状を得た。その特権は近代初頭まで保たれた。つまり、この町は単なる門前町ではなく、自治と商いの自由を守り抜いた町である。
そうした町の気質は、今も返礼品に息づいている。リングジャケットの仕立券は、選べる金額で自分の一枚を誂える。既製品ではなく、採寸から仕立てまで、職人の手で一人ひとりに合わせて作られるスーツやジャケット。これは、寺内町が守ってきた「自分たちで決める」という自由の精神そのものだ。

貝塚の産業史を見れば、古代から櫛の生産が盛んで、「和泉櫛」「近木櫛」として全国に知られた。木櫛は、一本一本、手で仕上げられるもの。また1930年の記録には、綿織物、清酒、醤油、鍋釜が産物として挙げられている。いずれも、素材を吟味し、手間をかけて仕上げる仕事ばかりだ。
寺内町の自治が育てた職人気質は、今も町に根ざしている。仕立券を手にすれば、その職人の手で、あなたの身体に合わせた一枚が生まれる。それは、貝塚が500年近く守り続けた「ものづくりの自由」を、自分の衣として纏うことになる。
町の歴史が、今も生きる場所へ
貝塚は、織田信長の雑賀攻めで全焼した後、秀吉の時代に復興し、江戸期を通じて泉南の代表的都市として栄えた。その間、町は何度も試練を受けたが、自治の特権を失わなかった。近代に入ると、紡績や鋼線鋼索の製造業が根付き、1960年代には「東洋の魔女」と呼ばれたニチボー貝塚女子バレーボールチームが世界で活躍した。
今、貝塚に寄付すれば、その町の心意気を形にした返礼品が家に届く。仕立券なら、あなたの身体と好みに合わせて、職人が一枚を作る。それは、寺内町の自由と、ものづくりの町の矜持を、日常の中で感じさせてくれるはずだ。
