水源の村が、樽で時を重ねる
丹波山村は、東京都の水源涵養林を抱える村だ。明治の初め、多摩川上流の乱伐で荒廃した山を前に、東京市(当時)は水を守るため、この村の山林を買い上げていった。1901年、宮内省の御料林は東京府に移管され、以来120年以上、この村の山は東京の水道水を育ててきた。
村の人口は508人。国道411号が丹波川に沿って走り、集落は河岸段丘に点在する。公共交通は東京の奥多摩駅へのバスだけ。生活圏は山梨県というより東京に属している。そうした地理の中で、この村が作ったのが村産ミズナラ樽のウイスキーである。

樽は、村の山から切り出したミズナラを使う。樽作りは、木を選ぶ段階から始まる。樹齢、年輪の密度、割れやすさ—— 樽職人の目は、一本の木の中に何十年もの時間を読む。その樽に、ウイスキーを詰めて寝かせる。樽の内側は焦がされ、木の香りと焦げの香りが、アルコールに溶け込む。何年かけて、どの深さまで浸透させるか。それは樽職人と蒸留所の職人の対話だ。
東京の水を守ってきた山が、今、別の形で時間を刻んでいる。樽の中で、ゆっくりと。
晩酌の時間に、山の時間が降りてくる
グラスに注ぐと、琥珀色が光る。鼻に近づけると、ミズナラの香りが立ち上る—— 樽から移った、かすかな甘さと、焦げの深さ。口に含むと、樽の時間が舌の上で開く。
冬の晩酌に、暖炉の前で、あるいは夏の夜、縁側で。ウイスキーは、飲む人の時間に合わせて、その表情を変える。この村のウイスキーは、樽の中で何年も待った時間を、一杯の中に詰めている。
村の山は、今も東京の水を守っている。その同じ山から切り出された樽が、別の誰かの晩酌の時間を作る。そうした循環の中で、丹波山村は、小さな村でありながら、大きな時間を動かしている。
