工業都市が育てた、静かな酒造りの伝統
川崎市は、東京とのあいだに挟まれた細長い市域を持つ。北は多摩川、南は横浜市。人口156万を超える政令指定都市でありながら、その顔は二つに分かれている。川崎駅周辺の繁華街と、臨海部の京浜工業地帯。昭和初期から日本鋼管やNKK、味の素といった大企業が工場を構え、戦後も製造品出荷額で全国上位に食い込む産業都市だ。
しかし、この市の返礼品を見ると、意外な顔が浮かぶ。工業地帯の傍らで、小規模な醸造所が静かに酒を仕込んでいる。私が推したいのは、魯山人に捧ぐ 純米料理酒だ。

「蔵の素」という名の、純米の料理酒。720ml が2本、寄付額12000円で届く。正体は、大和川酒造店という小さな蔵の仕事だ。川崎市内で、どの程度の規模で、どの地点で仕込まれているのか、research には記されていない。だが、返礼品として選ばれたということは、この市が誇る地場産業の一つなのだろう。
料理酒という選択肢が、私の目を引いた。晩酌の酒ではなく、台所の道具として機能する酒。毎日の食卓に着地する。煮物に、味噌汁に、炒め物に。素材の香りを引き出し、塩辛さを和らげ、深みを加える。純米という表記は、米と麹と水だけで仕込まれたことを意味する。添加物がない、という潔さだ。
魯山人とは、陶芸家にして美食家。器と食の関係を知り尽くした人物だ。その名を冠した料理酒とは、つまり、食卓の主役ではなく、脇役に徹する酒。素材を活かし、調理を助ける。工業都市の片隅で、そうした謙虚な仕事が続いているのだ。
地酒の選び方——素朴さの中に職人の目利きを見る
この市の返礼品には、ほかにも酒が並ぶ。純米吟醸 飛騨乃和蔵は、天領酒造という別の蔵の品。720ml が2本、寄付額15000円。吟醸という等級は、精米歩合が60%以下という厳しい基準を満たした酒だ。米の心白を削り落とし、香りと味わいの繊細さを追求する。晩酌に、あるいは特別な夜に。

もう一つ、特製 玄米焼酎という選択肢もある。1800ml が6本、寄付額89000円。焼酎は蒸留酒だ。米を麹で糖化し、酵母で発酵させ、さらに加熱して蒸留する。純米酒とは異なる、別の手仕事の世界。玄米を使うという選択は、白米よりも香りと味わいが濃厚になることを狙ったものだろう。
これらの酒を選ぶ際、私は寄付額ではなく、その蔵の仕事の内容を見る。どの米を選び、どの麹を使い、どの酵母で発酵させるか。そうした目利きの積み重ねが、酒の個性を決める。川崎市の返礼品として選ばれた酒たちは、いずれも小規模な蔵の、丁寧な仕事の証だ。
工業都市の台所に、素朴な酒が届く理由
川崎市は、東京への通勤者が42.3%を占める、いわゆる「川崎都民」の町だ。朝は東京へ、夜は川崎に帰る。そうした日常の中で、晩酌の酒、料理の酒が必要になる。工業地帯の騒音と排気ガスの中で、家に帰ったとき、静かに酒を傾ける。その瞬間に、小さな蔵の職人の手仕事が、食卓に着地する。
ふるさと納税の返礼品として、この市が地酒を選んだことは、意味深い。工業都市であることと、地酒を大切にすることは、矛盾しない。むしろ、工業の喧騒の中だからこそ、素朴で丁寧な酒が必要なのだ。
私は、この市の返礼品を見るたびに、多摩川沿いの小さな蔵を想像する。昭和初期から続く、米と麹と水の仕事。戦後も、高度成長期も、バブルも、失われた20年も、その仕事は続いている。工業都市の片隅で、静かに。
