江戸の台所が、今もビールを醸す
川越という町を理解するには、その水を知る必要がある。荒川と入間川が市内で合流し、武蔵野台地の北端に位置するこの地は、江戸時代から「江戸の台所」と呼ばれた。新河岸川の舟運で江戸に野菜や米を送り、やがて焼き芋で「栗よりうまい十三里」と謳われた。その繁栄を支えたのは、台地の地下水と、周囲を囲む河川がもたらす豊かな水系だ。
現在、川越を代表する返礼品はコエドビールである。瓶6本、あるいは12本のセットで届く。このビールは、かつての「江戸の台所」の水脈を引き継ぎながら、現代の職人たちが醸造している。川越の地下水を仕込み水に、複数の銘柄を少量ずつ丁寧に作る。瑠璃(ルリ)、毬花(マリハナ)、伽羅(キャラ)——各銘柄は、川越の四季と土地の個性を表現する試みだ。

江戸時代、この町の商人たちは生糸や茶、サツマイモで財を成した。明治以降も、埼玉県で最初の銀行、最初の電灯、最初の電車を生み出した先進性を持つ。その気質は、今もクラフトビールの醸造に息づいている。大量生産ではなく、地の水と季節の変化を読みながら、毎年わずかに異なる味わいを作り続ける。
食卓に届く、町の歴史
コエドビールが家に届いたとき、最初にすることは冷蔵庫で冷やすことだ。瓶の側面に印字された銘柄を確認しながら、グラスに注ぐ。白-Shiro-なら小麦の香りが立ち、毬花なら柑橘系のホップの香りが鼻をくすぐる。晩酌の時間、あるいは友人を招いた食卓で、この一杯は川越という町そのものを語る。
江戸時代から続く水の恵み、明治の商人たちが開いた先進性、そして現代の職人が丁寧に積み重ねた技術——すべてがグラスの中に凝縮されている。川越の米河越米を炊いた白飯の横に、このビールを置く。あるいは、ステーキ磐梯の食事券で鉄板焼きを食べるとき、この地ビールを傍らに。

川越の返礼品を選ぶ視点
川越の返礼品は、この町が何であるかを問い直す機会を与える。観光地としての「小江戸」のイメージだけでなく、江戸時代から現代まで続く生業と水脈を感じることが大切だ。
河越米は、かつてサツマイモで栄えた武蔵野の開墾地で育つ。彩のきずなも同じく、この地の土と水で作られた米だ。毎日の食卓に届く米こそが、川越という町の基盤を最も直接的に伝える。
ビール、米、そして食事の場——これらを組み合わせることで、初めて川越の返礼品の価値が立ち上がる。単品ではなく、その町で何が育ち、何が作られ、どう食べられてきたかという時間の流れの中で選ぶ。それが、ふるさと納税という仕組みを通じて、遠く離れた土地とつながる最も誠実な方法だと、私は考えている。
