台地の米、水戸の食べ方
水戸は那珂川の河港として栄えた町だ。かつて舟運で物資が行き交い、「水運の戸口」という地名が生まれた。その川を見下ろすのが、市域の大部分を占める台地である。関東平野の東側、温暖湿潤な気候に恵まれたこの台地で、米が育つ。
私が水戸の返礼品を見るとき、最初に目に留まるのは米だ。茨城県産にじのきらめきは、この台地が生んだ品種である。5キロ、10キロ、20キロと選べる内容量は、家族の食べ方に合わせて届く。新米の季節、段ボールを開けたとき、その香りが台所に満ちる。炊きたての一杯は、水戸の土地そのものを食べることになる。

明治時代以降、水戸は納豆の生産地として知られるようになった。だが米がなければ納豆も成り立たない。台地の水はけの良さが、良質な米を育て、その米が納豆職人の手に渡る。返礼品として届く米は、単なる主食ではなく、この町の食文化全体を支える基盤なのだ。
徳川の時代から続く、晴れの食卓
水戸藩は1609年、徳川家康の第11子・頼房によって創設された。御三家の一つとして、江戸幕府が倒れるまで260年以上、この地を統治した。その歴史は、水戸の食卓にも刻まれている。
常陸牛のフィレステーキは、そうした晴れの日の食卓を想像させる。A5等級の希少部位、赤身のフィレ。木箱に入り、特製タレとマスタードが添えられて届く。これは日常の食事ではなく、家族が集まる日、誰かを招く日に開ける品だ。焼き上がったステーキを切ると、肉汁が流れ出す。そのとき、台地で育った牛の肉質の良さが、米と同じく水戸の風土に支えられていることに気づく。

手仕事と季節の重ね方
水戸の返礼品には、手仕事の痕跡が残るものが多い。手焼きもち玄米入りほうじ茶のティーバッグは、小さな品だが、毎日の湯呑みに季節をもたらす。秋から冬へ、ほうじ茶の香りが変わる。玄米の香ばしさが加わることで、米の別の顔を知ることになる。
訳あり干し芋も、茨城県産の紅はるかを段ボール詰めで届ける。干し芋は、さつまいもを天日で乾かす手仕事だ。甘さが凝縮され、保存性も高い。冬の間、おやつとして、あるいは朝食の一品として、台地の恵みを毎日の食卓に重ねることができる。
水戸に寄付することは、台地の米と、その米を中心に回る食文化全体を、自分の食卓に迎え入れることだ。
