鹿狼山の麓で、米を仕込む
新地町は福島県浜通りの最北に位置する、人口8000人ほどの町だ。私がこの町を見ると、まず浮かぶのは地形である。町の西端は400メートル程の丘陵で宮城県と接し、東は太平洋に開かれている。その丘陵の一つが鹿狼山で、うつくしま百名山にも選ばれた山だ。
この町の返礼品として届く鹿狼山の純米吟醸は、その山の名を冠している。単なる地名の借用ではなく、この酒を醸す蔵が、この土地の水と米で何年も仕事を重ねてきた結果だと私は考える。

純米吟醸とは、米を60パーセント以下に磨き、酵母と麹だけで仕込む酒である。手間がかかる。米を選び、磨き、蒸し、麹を育て、仕込み、温度を管理し、搾る。その過程のどこかで手を抜けば、酒は鈍くなる。新地町の蔵がこの酒を作り続けるのは、その手間を惜しまない仕事の積み重ねがあるからだ。
晩酌の時間に、冷やしたグラスに注ぐと、香りが立つ。辛口と銘打たれているが、米の甘さが奥に残る。一升瓶で届けば、家の食卓に何度も登場する。冬の夜、湯豆腐の横に。春先、新玉ねぎの塩焼きの相手に。季節が変わっても、その酒は変わらない。それが、小さな町の蔵の仕事の証だと思う。
浜通りの水と、仙台藩の文化圏
新地町は藩政時代、福島県内で唯一仙台藩領だった。相馬市は中村藩領で、文化や習俗が異なる。方言も仙台弁に分類される。その歴史的背景が、この町の食べ方や飲み方にも影響している。
町を貫く河川は東流して太平洋に注ぎ、その水系が醸造に使われる。右近清水は平成の名水百選に選ばれた清水だ。こうした水の質が、酒の味わいを決める。蔵人たちはその水を知り、米を知り、季節を知って、毎年同じ仕事を繰り返す。
四合瓶のサイズもある。一升瓶は家族や来客との時間に向く。四合瓶は、一人の晩酌や、ちょっとした手土産に向く。どちらを選ぶかは、その人の暮らしの中での酒の位置づけで決まる。返礼品として届いた時、その選択肢があることは、小さな町の蔵が、多くの飲み手の暮らしを想像しながら仕事をしているということだ。
