広島の移住者が根を張った土地で、焼酎が生まれる
北広島の名前の由来は、1884年に広島県から移住してきた25戸103人の入植団にさかのぼる。リーダーの和田郁次郎が固辞したため、出身地の名を冠して「広島開墾」と呼ばれ、やがて広島村となった。その後、広島県の広島市との重複を避けるため、1996年に市制施行と同時に北広島市と改称された。
140年近く前の入植から、この町は札幌と新千歳空港の間、石狩平野のなだらかな丘陵地帯に根を張ってきた。南西部の丘陵では畑作や酪農が営まれ、北東部の低地では水田が広がる。そうした風土の中で、今も焼酎が作られている。
kibi畑の本格焼酎は、この町の土地と水が育てた一本だ。720ml瓶を2本か6本か選べる返礼品で、晩酌の相棒として、あるいは季節の手土産として、家の食卓に着地する。焼酎の香りと、北広島という土地の歴史が一緒に届く。

入植から140年、丘陵地の営みが続く
北広島の産業は、今も農業と工業の両輪で回っている。市内には6つの工業団地が造成され、各種企業が進出する一方で、農業は観光農園への転換など、新しい形を模索している。だが焼酎という返礼品は、そうした産業の変化の中でも、この町の土地そのものを表現する品だ。
広島県から移住した人々が開いた野幌原野は、今も北広島の基層にある。1877年にはウィリアム・スミス・クラークが島松で「Boys, Be Ambitious!」の言葉を残し、1926年には北海道鉄道(現在の千歳線)が開通して、北広島駅が設置された。その後、1971年の道央自動車道開通により、札幌と新千歳空港を結ぶ交通の要所となった。
焼酎を手にするとき、その背後には、入植者たちが切り開いた土地、丘陵地の水、そして140年近い営みの時間がある。一杯の焼酎は、北広島という町の風土そのものを味わう行為だ。
