交通の要衝が、ものづくりの町になるまで
千歳という地名は、1805年に箱館奉行が「死骨」という縁起の悪い旧名を改めるため、タンチョウが多く生息していたことから「鶴は千年、亀は万年」の故事にちなんで付けたという。その時代、ここは太平洋と日本海を繋ぐ「シコツ越え」という交易路の要衝だった。江戸時代には16の場所(シコツ十六場所)があり、アイヌと和人が物資を交わす場所だった。
明治以降、千歳は札幌と苫小牧を結ぶ鉄道が通り、1934年には飛行場が完成した。そして1988年、新千歳空港が開港すると、この町は「北海道の空の玄関口」へと変わった。年間2,000万人の乗降客を数える国内線の東京—札幌間は、単一路線としては世界一の乗降客数を有していたこともある。
しかし千歳の本質は、空港だけではない。1954年に陸上自衛隊東千歳駐屯地が、1957年に航空自衛隊千歳基地が開庁して以来、この町は自衛隊と共存する社会を築いてきた。現在、両基地の隊員は推定で約8,700人。退役者や家族を含めると市内人口の約25%を占める。この若い世代の流入が、令和2年の15~19歳の転入増加440人という数字を生み、千歳の平均年齢を北海道一若い43.5歳に保っている。
清冽な水が、ビール工場を呼んだ
千歳がビール製造の適地になった理由は、地形と水にある。市域は東西に長く、西部は支笏洞爺国立公園の山岳地帯、東部は馬追丘陵の丘陵地帯に挟まれ、中央の石狩平野南部に市街地がある。この地は豊かで清澄な水資源に恵まれている。ナイベツ川湧水(内別川)は1985年に「名水百選」に認定され、支笏湖は湖沼の水質ランキングで度々日本一になっている。
大量の良質な水を必要とするビール製造は、こうした水環境があってこそ成立する。千歳工場で製造される本麒麟は、この町の清冽な水を仕込み水として使う。缶を開けた時の香りの立ち方、喉を通る時の爽やかさは、その水の質を直接反映している。晩酌の時間に、この町の地下水脈を感じることになる。

米と野菜、そして海の幸が食卓に着く
千歳の返礼品を見ると、この町の食の多様性が浮かぶ。北海道産のゆめぴかやななつぼしといった米は、石狩平野の肥沃な土壌で育つ。夏には白いとうもろこしが、春にはホワイトアスパラが、この町の農家から出荷される。

そして海の幸。千歳は苫小牧港に至近距離にあり、北海道の漁場へのアクセスが良い。返礼品に並ぶ海鮮丼の具やほたて、サーモンといった食材は、その地理的優位性を活かして、新鮮なまま食卓に届く。
私がこの町を見ているのは、単なる「空港の町」ではなく、交通の要衝という歴史的な立地が、現代では自衛隊基地と産業集積を呼び、その結果として若い世代が集まり、清冽な水がビール工場を支え、肥沃な平野が米と野菜を育て、港への近さが海の幸を運ぶ——そうした複数の条件が重なった、多層的な産業基盤を持つ町だということだ。
返礼品を選ぶ視点
千歳の返礼品は、この町の地理と産業の多様性をそのまま映している。ビール、米、野菜、海鮮——どれを選んでも、その背後には千歳という土地の条件がある。
ビールを選ぶなら、本麒麟のような定番品が、この町の水の質を最も素直に伝える。米を選ぶなら、北海道産の銘柄米を5kg単位で、季節ごとに食べ比べるのも良い。野菜は夏と春の旬の時期に合わせて申し込むと、最も新鮮な状態で届く。海鮮丼の具は、冷凍で保存でき、急な来客時の一品として重宝する。
高額な旅行クーポンも返礼品に並んでいるが、千歳の本質を家の食卓で感じたいなら、この町が育てた食べ物を選ぶことをお勧めする。